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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)533号 判決 1980年10月02日

原告

吉本重春

被告

鈴木啓之

ほか一名

主文

被告両名は、原告に対し、各自金一五五九万七二一五円及び内金六〇六万九六九五円に対する昭和五二年六月九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一原告の求めた裁判

一  被告らは、各自、原告に対し、金三六六九万八〇〇〇円及び内金一〇六二万六〇〇〇円に対する訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行宣言

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和四九年二月五日午後五時五〇分頃

2  場所 大阪市西成区萩之茶屋一丁目四番一号付近の道路上(三叉路交差点)

3  加害車 普通乗用自動車(登録番号大阪五六な三七六二号、被告安藤健己所有)

右運転者 被告鈴木啓之

4  被害者 原告

5  態様 原告が自転車に乗つて右道路上を東から西へ通行中、西から南へ右折してきた被告鈴木運転の加害車と衝突(以下、本件事故という。)。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告安藤は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

2  一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告鈴木は、無免許であるにもかかわらず加害車を運転していたものであり、右交差点を右折する際に、対向して来る車両の有無を十分確認しないまま右折進行した過失により、本件事故を発生させた。

三  原告の蒙つた損害

1  受傷 右脛・腓骨々折、左頬部挫創、脳震盪

2  治療経過 入院四回(入院日数一三一日)、通院は現在に至るまで継続中。

3  後遺症 原告は本件事故のため通常の歩行や荷物の運搬等ができなくなり、また脳の障害に基因する激しい耳鳴り、不安感、焦燥感により情緒が極めて不安定となり、また複雑な思考力がなくなつたことから、環境の変化に応じた適切な反応をすることが不可能となつた。

4  損害額

(一) 入院付添費 金二六万二〇〇〇円

原告が入院中、原告の妻が付添い、一日金二〇〇〇円の割合による一三一日分

(二) 休業損害 金二三六万四〇〇〇円

原告は、世戸里工業株式会社に勤務して収入を得ていたが、本件事故により、昭和四九年二月六日から昭和五一年一二月末日まで休業を余儀なくされ、その間、(1)昭和四九年度金一三九万六二九〇円、(2)同五〇年度金一八九万一一五二円、(3)同五一年度金二〇〇万二五五二円、合計金五二八万九九九四円の収入を失つた。ところで、原告は、労災保険から休業補償金として、昭和四九年度に金五八万〇八八九円、同五〇年度に金一一五万九八六一円、同五一年度に金一一八万五〇四三円、合計金二九二万五七九三円の各給付を受けたので、右(1)ないし(3)の各休業損害額より、右各給付額を控除し、その残額合計金二三六万四〇〇〇円(千円未満切捨)を請求する。

(三) 逸失利益 金二三〇七万二〇〇〇円

原告は、大正一四年一一月一八日生れの男子で、年間金二〇〇万円の収入を得ていたが、本件事故による後遺症のため、労働能力を全部喪失した。原告の就労可能年数は、昭和五二年一月一日から一六年と考えられるから、同人の将来の逸失利益を年別のホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して計算すると、その額は金二三〇七万二〇〇〇円となる(千円未満切捨)。

(二〇〇〇〇〇〇円×一一・五三六三=二三〇七二六〇〇円)

(四) 慰藉料 金八〇〇万円

原告は、本件事故により日常生活にも事欠く身体となり労働能力を奪われたうえ、情緒不安定、思考力減退という後遺症に一生苦しめられることとなつた。右原告の蒙つた精神的苦痛を慰藉する額としては、金八〇〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用 金三〇〇万円

以上合計すると、原告の請求する損害額は金三六六九万八〇〇〇円となる。なお原告の蒙つた治療費、入院雑費、通院交通費や付添費等の損害及び自転車等の物的損害は、自賠責保険(金八〇万円)、被告鈴木(金二九万八五〇〇円)、労災保険から全額支払を受けたので、本訴においては右治療費等については請求しない。

四  よつて、原告は被告両名に対し、被告安藤に対しては自賠法三条に、被告鈴木に対しては民法七〇九条にそれぞれ基き、右損害金として各自金三六六九万八〇〇〇円及び入院付添費金二六万二〇〇〇円、休業損害金二三六万四〇〇〇円、慰藉料金八〇〇万円の合計額金一〇六二万六〇〇〇円に対する本訴状送達の日の翌日以降完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告らは、公示送達による適式の呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。

第四証拠(原告)〔略〕

理由

一  証人吉本富美子の証言(第一回)により原本の存在及び写の成立が認められ、原本についてはその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一号証の一ないし六、同号証の九ないし一六、同号証の一八ないし二一(一三、一八、一九については、後記措信しない部分を除く。)によれば、請求原因一の事実、及び、加害車の所有者である被告安藤が、事故当日午後五時過ぎ頃、加害車を運転して知人である被告鈴木がバーテンとして働いている西成区萩之茶屋の喫茶店山小屋に赴いたところ、被告鈴木から、一寸車を貸してくれと頼まれ、これを承諾して自らそのキーを同被告に手渡したところ、被告鈴木が、加害車を持ち出し、これを運転して本件事故を惹起したものであること、並びに請求原因二の2の事実を認めることができる。甲第一号証の一三、一八、一九の記載中、右認定に反する部分は措信しない。

右認定した事実によれば、被告安藤は、本件事故の際、加害車に対する運行支配と運行利益を有していたものというべきであり、したがつて、自賠法三条に基き、また、被告鈴木は民法七〇九条に基き、本件事故により原告の蒙つた後記の損害を賠償する責任がある。

二  請求原因第三項について検討する。

1  証人吉本富美子の証言(第一回)により、原本の存在、成立及び写の成立が認められる甲第一号証の七、八、真正に成立したものと認められる甲第二〇号証の一ないし三、甲第三号証の一、二、同証言(第二回)により真正に成立したものと認められる甲第五号証の一、二、同証人の証言(第一ないし第三回)、証人六川二郎の証言、原告本人尋問の結果(第一、二回)、鑑定の結果、弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  原告は、本件事故により、請求原因三1記載の傷害を受け、全治約三か月の診断で昭和四九年二月五日大阪市浪速区内の富永脳神経外科病院に入院し、主として右下肢の骨折整復術を受け同年四月二七日退院したが(入院日数八二日)、さらに同年一二月三日右骨折部の再手術のために入院し、同月一八日退院した(入院日数一六日)。右原告の入院期間中、原告の妻富美子が看護のため付添つた。

また、原告は、昭和五〇年一二月一九日激しい頭痛が持続するため同病院に入院し検査を受けたところ、脳底部に動脈瘤があることが発生されたため、同月二三日右前頭側頭開頭による脳動脈瘤結紮手術を受け、翌昭和五一年一月九日退院し(入院日数二二日、妻富美子付添)、さらに同年三月二九日から同年四月八日まで右手術に付随する手術のため入院した(入院日数一一日、妻富美子付添)。なお原告は昭和五二年一〇月二一日まで同病院に通院していた。その後原告は昭和五二年一一月ころから、右慢性化膿性中耳炎、両側耳鳴、混合性難聴の治療のため大阪市浪速区内のナカノ耳鼻咽喉科医院に通院を始めた。

右脳動脈瘤の形成の原因は、本件事故の外傷によるものではなく本件事故とは無関係である。

(二)  原告は、大正一四年一一月一八日生れ(本件事故当時満四八歳)の男子で、本件事故に遭遇するまでは大阪市平野区内の世戸理工業株式会社に勤務し工場長としてパチンコ玉磨機械の製造、設置等の仕事に従事しており、昭和四八年一月から一二月までの一年間に同会社から支給された給与は合計金一五二万四五三三円で、そのほかにボーナスが年間金三〇万円あつた。なお、同会社の従業員の給与の日額は、平均して、昭和四九年七月に五〇〇円、昭和五〇年一月に五〇〇円、同年七月に四〇〇円、昭和五一年七月に三〇〇円、それぞれ増額されており、原告の給与も、働いてさえいれば、当然その程度は増額したはずである。

原告の本件事故前の勤務態度は、欠勤はほとんど無く精勤の状態であつた(昭和四八年一年間の出勤日数は、月平均二三日余りで、その間、なお相当程度所定時間外労働にも従事している。)が、本件事故後は一日も就労せず、通院に出かけるほかは自宅でテレビやラジオを視聴したり、横になつたりして無為にすごすようになり、性格も洗面や用便は自分でするものの衣類の着脱、食事等の日常生活についても妻の指示や介助を要する状態となり、他人に対する恐怖心が強く妻に対しても理由がないのに暴力をふるうようになつた。

(三)  医師六川二郎の鑑定には、鑑定時(必要な諸検査は昭和五四年四月から六月にかけてなされた。)の原告の心身の状態として、

(1) 知能指数(IQ)は六〇と低く、知的精神的活動の著明な低下(ロールシヤツハテストによれば精神活動・知的活動の鈍麻顕著、自己統制機能の著しい低下が見られる。)

(2) 動脈硬化症による全汎性脳機能の低下

(3) 両側の難聴

(4) 左半身ことに下肢の軽度の脱力

が指摘されている。右(1)、(2)の原因は主として原告の加齢に伴う老人性変化にあるものと考えられ、右(3)は、右側については鼓膜の穿孔があり、左右とも神経性難聴である。また右(4)は脳動脈瘤手術に合併した障害(その程度も、生活や軽労働に支障をきたす程度ではない)と解される。右(1)ないし(4)の状態はいずれも、その回復は困難と考えられる。なお、本件事故により骨折した右下腿部については、右膝と下腿部に二か所手術創のあることが認められるが、右鑑定では、これによる機能障害等は特に指摘されていない。

(四)  現在、原告の労働能力は、握力が右手三一キログラム、左手二八キログラムあることや歩行障害を認められないこと、自転車には乗れること等肉体的には就労することができない特段の障害もないが、知能や精神機能が年齢以上に著しく低下して意欲が大きく減退していることや難聴等から、せいぜい介助者がいれば、単純な軽労働には従事することができるという程度で、独力で責任ある仕事に就くことは到底困難であり、なお、右精神機能の低下が脳の循環系の老化に起因するものであるためその労働能力が将来回復することは至難である。

(五)  一般に、五〇代から六〇代にかけて、老人性変化の進んでいる人が、事故に遭遇したり大手術を受けたりすると、これによる精神的な衝撃により意欲が著しく減退して回復しなくなり、再起が極めて困難になる、という事態が生ずる例は、間間見受けられるところである。そして、老化現象には個人差があるところ、原告には、動脈硬化が認められ、脳の循環系にも相当程度の老人性の変化が認められるところから、本件事故当時、そのような事態が生ずる危険性があつた。本件事故あるいは前記脳動脈瘤手術は、それ自体が原告の老化現象を促進するということは考え難いけれども、その意欲を著しく減退させて前記のような事態を生じさせる精神的な衝撃を与えるに足りるものである。

以上の事実が認められる。

なお、医師六川二郎作成の鑑定書及び同証人の証言では、原告が脳動脈瘤の手術を受けた年は「昭和五一年」となつているが、それは、前掲甲第三号証の一、二に照し、「昭和五〇年」の誤りであると認める。

2  以上認定した事実に基いて考察するに、右1の(三)、(四)の事実によれば、現在、原告は、精神に著しい障害があり、特に軽易な労務以外の労務に服することができない状態にあつて、その機能障害は将来回復することはないものと考えられるが、右1の(一)、(二)及び(五)の事実、並びに、徐々に老化現象が進行していたとはいえ、他に、正常に勤務していた原告が短期間のうちに大幅に労働能力を喪失するに至る原因も見当らないことからすれば、右原告の後遺障害は、従来から存していた加齢に伴う老人性変化に、本件事故による精神的衝撃が加わつた結果であり、更に脳動脈瘤手術によつてそれが補強されたものであると推認するほかはない。

そうすると、右原告の後遺障害に基づく損害については、その全部を本件事故による損害ということはできず、本件事故が右後遺障害の発生に寄与している限度において相当因果関係が存するものとして、その限度で被告に損害賠償責任を負わせるのが、公平の理念に照らして相当である。しかして、前記認定の諸事実にかんがみれば、原告の右後遺障害に基づく損害については、本件事故がその発生に五割程度寄与しているものとして、同損害の五割の限度で被告に賠償させるのが相当である。

3  損害

(一)  入院付添費

前記認定のとおり、原告は富永病院に一三一日間入院し、その間原告の妻冨美子が付添つたことが認められるが、右入院日数中本件事故によるものと認められるのは、前示のとおり脳動脈瘤の手術は本件事故によるものとはいえないから、昭和四九年二月五日から同年四月二七日まで(八二日)及び同年一二月三日から同月一八日まで(一六日)の合計九八日間であると解されるところ、入院付添費は一日あたり金二〇〇〇円が相当であるから、結局原告が被告らに請求しうる入院付添費は金一九万六〇〇〇円となる。

(二)  休業損害

前記認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により、昭和四九年二月六日から昭和五〇年一二月末日まで休業を余儀なくされ、その間合計金三二八万七四四二円の収入を失つたことが認められるところ、原告が右期間中の休業補償として労災保険から合計金一七四万〇七五〇円の支払を受けたことは、原告の自認するところであるから、その間の休業損害残額は金一五四万六六九二円となる。

なお、前記認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、脳動脈瘤手術及び前記の後遺障害により、昭和五〇年一月一日から同年一二月末日まで休業を余儀なくされ、その間金二〇〇万二五五二円の収入を失つたことが認められるが、原告が右期間中の休業補償として労災保険から金一一八万五〇四三円の支払を受けたことは、原告の自認するところであるから、その間の休業損害残額は金八一万七五〇九円となる。そして、右2に述べたところからすれば、右損害残額中原告が被告に賠償を求めることができるのは、これに前記原告の後遺障害による労働能力喪失率(後記(三)のとおり、八割)を乗じた金額の、本件事故が右後遺障害の発生に寄与している割合五割である金三二万七〇〇三円(円未満切捨)の限度にとどまることになる。

(三)  逸失利益

前記認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、前記の後遺障害のため、その労働能力を八割喪失したものであり、右後遺障害がなければ、原告は金二〇〇万円を下らない年収を得ることができたものと認められるところ、原告の就労可能年数は昭和五二年一月一日から一四年と考えられるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、金一六六五万五〇四〇円となる。

(算式)二〇〇万×〇・八×一〇・四〇九四=一六六五万五〇四〇

そして、前記2で述べたところからすれば、右金額のうち原告が被告に対して賠償を求めることができるのは、その五割に相当する金八三二万七五二〇円にとどまることになる。

(四)  慰藉料

前示の本件事故の態様、原告の入院期間、負傷の程度等諸般の事情を総合的に考慮すると、原告の蒙つた苦痛の慰藉料としては金四〇〇万円が相当である。

(五)  弁護士費用

証人吉本冨美子の証言(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第四号証によれば、原告は弁護士瀬戸康富に本訴訴訟を委任し、着手金として金一〇万円を支払い、成功報酬として金二九〇万円の支払を約したことが認められるところ、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、着手金、謝金を合せ金一二〇万円が相当と認められる。

(六)  よつて原告が被告らに対して請求しうる損害額は金一五五九万七二一五円となる。

三  以上述べたとおり原告の本訴請求は被告両名に対し各自金一五五九万七二一五円と、内金六〇六万九六九五円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五二年六月九日以降(訴状送達の日の翌日が右記のとおりであることは本件記録上明らかである)、各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富澤達 海老根遼太郎 太田善康)

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